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宮澤賢治と小岩井農場

宮澤賢治は、小岩井農場をこよなく愛し多くの作品を残しています

岩⼿県出⾝の詩人・童話作家の宮澤賢治は、小岩井農場をこよなく愛し多くの作品を残しています。

賢治と小岩井農場の出会い

賢治と⼩岩井農場の最初の接点は、1910(明治43)年、中学二年の秋であったとされています。中学校の登⼭遠⾜に参加し、岩⼿山からの帰り道に⽴ち寄りました。畜産中心の農場経営になって凡そ10年。ヨーロッパ⾵の牧畜・耕作⾵風景に魅了されたのか、それからは幾度となく農場を訪れています。

中学⼆年の時、寮の同室に武安丈夫という小岩井農場に父親(育⽜部技士・武安陽吉)が勤めていた少年がおり、この少年について、次のような短歌を詠んでいます。

小岩井の育牛長の一人子とこの一冬は机ならぶる

これが、賢治が初めて小岩井農場を登場させた作品ということになります。ただし、実際には丈夫の父陽吉は育牛長ではありませんでした。賢治が勘違いをしたのか、あえて「育⽜長」としたかは定かではありません。

賢治と小岩井農場

賢治作品の中の小岩井農場

前述の短歌の後、晩年にかけていくつかの作品の舞台に小岩井農場を選んでいます。⽣前発⾏した本は、心象スケッチ『春と修羅』・イーハトヴ童話『注⽂の多い料理店』(いずれも大正13年発⾏)の2冊ですが、双⽅に⼩岩井農場を舞台とした作品(「⼩岩井農場」・「狼森と笊森、盗森」)があります。

特に⼼象スケッチ『春と修羅』所収の「小岩井農場」は1922(⼤正11)年5月の⼩岩井農場⾵景が⽣き⽣きと描かれ、当時の様⼦を知る上でも貴重な資料となっています。

賢治作品の中の小岩井農場

小岩井農場が登場する作品

● 童話
「狼森と笊森、盗森」「おきなぐさ」「耕耘部の時計」
● 詩
「小岩井農場」「秋田街道」「遠足統率」「春谷暁臥」「母に云ふ」
● 文語詩
「塔中秘事」「青柳教諭を送る」

宮澤賢治と小岩井農場年表

宮澤賢治と小岩井農場年表